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【シリーズ第1回】ユング心理学で読み解く『鬼滅の刃』


ユング心理学で読み解くアニメキャラクターシリーズ➀

【シリーズ第1回】ユング心理学で読み解く『鬼滅の刃』:炭治郎の「英雄の旅」と鬼たちの「哀しき影」

なぜ『鬼滅の刃』は、子供から大人までこれほどまでに日本人の心を捉えたのでしょうか。

派手なアクションや感動的なセリフはもちろんですが、その深層には、私たちが太古から語り継いできた「心の成長の物語」が完璧な形で組み込まれているからです。

今回はユング心理学の「アーキタイプ(元型)」を補助線に、炭治郎と鬼たちの関係を読み解いていきます。

1. 炭治郎:慈愛を宿した「英雄(ヒーロー)」の完成形

ユング心理学において、英雄(ヒーロー)とは「暗闇(無意識)の中に飛び込み、価値ある宝を持ち帰って世界を浄化する者」を指します。

炭治郎の旅は、まさに王道の「英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)」です。しかし、彼が特異なのは、その「優しさ」の質にあります。

通常、英雄は「悪(影)」を単に排除すべき汚物として扱います。しかし、炭治郎は違います。彼は倒した鬼の手を握り、その悲しみに寄り添います。これは心理学的に見ると、「自分とは相容れない邪悪な他者の中にも、自分と同じ人間性を見出す」という、極めて高度な精神の統合を象徴しています。

2. 鬼舞辻無惨と十二鬼月:私たちの「影(シャドウ)」の成れ果て

ユングは、人が「こうありたい」と願う理想の裏側に、必ず認めたくないドロドロとした欲望の側面――「影(シャドウ)」が生まれると説きました。

本作における「鬼」たちは、まさに人間が抑圧した影が怪物化した姿です。

  • 強くなりたいという執着(猗窩座)
  • 認められたいという飢え(累や響凱)
  • 死への圧倒的な恐怖(無惨)

これらはすべて、私たち自身の心の中にも存在する種火です。鬼殺隊と鬼の戦いは、単なる勧善懲悪ではなく、「人間が自分の心の中にある『負の側面』に飲み込まれず、いかに律して生きていくか」という内面的な葛藤を視覚化しているのです。

3. 鱗滝左近次:無意識の底から現れる「老賢者」

炭治郎が絶望の淵にいたとき、天狗の面を被った鱗滝左近次が現れます。彼は典型的な「老賢者(オールド・ワイズ・マン)」のアーキタイプです。

老賢者は、主人公が自力では到達できない「知恵」や「技術」を授ける導き手です。しかし、その指導は時に過酷です。炭治郎に「狭霧山」での修行を課し、巨大な岩を斬るという不可能を命じたのは、「古い自分を一度殺し、新しい自分として生まれ変わる(個性化)」ための儀式だったと言えます。

4. 禰豆子:魂を繋ぎ止める「アニマ」

炭治郎にとっての禰豆子は、守るべき妹である以上に、彼の人間性を繋ぎ止める「アニマ(内なる女性性)」としての役割を担っています。

鬼(影)になってしまいながらも人を守ろうとする彼女の存在は、炭治郎に「悪の中にも光はある」という希望を常に与え続けます。炭治郎が絶望して「影」に飲み込まれそうになるたび、禰豆子の存在が彼を現実に引き戻すのです。

画像:鬼滅の刃公式Xより https://x.com/kimetsu_off/status/1262223900299022336

5.私たちが刀を振るう相手は誰か

『鬼滅の刃』を読み解くと、炭治郎が振るう日輪刀は、単に鬼の首を斬るためのものではなく、「自分の弱さや甘えという『影』を断ち切り(というか認識し統合し)、自分らしく生きる(個性化)」のための道具であることが分かります。

私たちが炭治郎に共感するのは、私たちもまた、日々の生活の中で自分の「心の中の鬼」と戦いながら、光を目指して生きているからではないでしょうか。

次回は『呪術廻戦』を、深掘りしていきたいと思います。お楽しみに

【参考資料】
吾峠呼世晴 著『鬼滅の刃』(2016-2020)集英社
「鬼滅の刃」公式ポータルサイト

【ブログ記事】
心の奥底で開演を待つ「普遍的な配役」―ユングの元型論入門


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